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「食」の中で費やす時間比率

日常会話の中でこんな会話を何度も経験したことは有りませんか?

「今日なに食べたい?」

「ん~。なんでもいい。」

これ。。。

 

 

この会話での双方の気持ちを分析してみた。「何食べたい?」と聞く側は、

1.本当になんでもいいんだね?ふりかけご飯だけでもいいんだな?

2.こっちで決めきれないから聞いたんだけど…

3.聞いた自分がバカだった…

 

 

「なんでもいい」と答えた側は、

 

1.本当になんでもいい。

2.考えたくない。

3.そもそも話を聞き流しているだけ。

 

 

こんな感じでしょうか?笑

 

これって、メニューやお店を「選ぶ側」と「そうではない側」の労力バランスが釣り合ってなさすぎませんか?

小さなお子様との会話ならそれもまぁ仕方ないか…それでもご飯を作って出したら

「いらな~い」「またこれ??」「〇〇の方が食べたかった~」

なんてことザラで…「なんでもいいって言ったから作ったのに!」っていうイライラありますよね。汗

 

これ、子供相手だからその労力バランスを我慢できますけど対大人だった場合・・・

「うちの旦那がさ~」「うちの嫁がさ~」「お義父さんがさ~」「お義母さんがさ~」

って愚痴がよく飛び交うわけだ。笑  僕も気をつけてはいても言ってしまう事が…

 

 

ここでようやくこの記事のタイトルに行きつくのですが、人間て「食」に関わる時間の中で、「食べる」「作る」の時間よりも「何を?」を決める時間の方が圧倒的に多くて、想像以上にストレスを抱えていると思いませんか?

 

お店に来るお客様からよくこんな言葉が出てきます。

「今日はダッズさんで『楽』させてもらいます!」

この言葉、営業していると1日1回は必ずお聞きします。これって、「作る手間が無くなった」よりも「今日は〇〇で夕飯を買って帰る」と決めた時点で「考えなくていい」という解放感=ストレスを減らせられたという事が1番重要なポイントではないかなと…

 

僕自身も一人暮らしを10年していましたが、自分で食べるモノを自分で決めるというのはそんなに時間もかからないしストレスを感じたこともありませんでした。

ただこれが誰かと食事する・誰かに料理を作るとなると同じ「食事」でも加藤愛と阿藤快くらい違いませんか?笑

 

あまりここでビジネスを語りたくはありませんが、「需要」という視点で考えれば「我が家の晩御飯を考えてくれるお店」という存在になれれば僕の仕事がとても地域貢献できるのではないかなと考えています。

月に1回、週に1回はダッズで…をもっと身近にしたいなぁ~

 

先日、娘のお友達の保護者さんから上記のような「考えるのがしんどい」「飽きられる」といった内容のお話をお聞きして今回この内容を執筆することにしました。

 

今のお店のスタイルはこちら側がメニューを発信してタイミングとメニューがお客様にマッチしたらご来店いただくって流れですが、事前登録&事前予約制でご家族のカルテみたいなモノを作成して子育てする保護者様の「献立を考える時間&食事を作る時間」を省く事に特化したサービスを作れたらおもしろいなと思っています。

 

多種多様な生活環境の方がいらっしゃるので全てに対応するのは無理ですが、僕がいま一番共感しやすい「子育て家族」のお客様にまずスポットを当てて掘り下げてみようと思っています。

家族構成、好き嫌い、アレルギー、趣向、保護者様の意向(野菜を食べさせたい等々)をカウンセリングしてオーダーメイドのパッケージを作成して…とか?

まだ頭の中での思い付きレベルですが、需要はきっとあるだろうなと思うし献立を考える時間、作る時間、片付ける時間が減ればご家族との時間や自分自身の時間に余裕が生まれて気持ちが少しでも豊かになってくれたらな~って考えです。

 

 

 

 

え~。まとめます。笑

①「何食べたい?」のQに対して「なんでもいい」のAは控えましょう!

②「決めるストレス」を軽減できたら作る&片付けよりもタイパの良い生活が送れるのではないでしょうか?

③そんな②の手助けをできるサービスを模索中であります!

 

 

 

ご意見&ご要望ありましたら教えてくださいませ♪

 

 

それでは皆様良い週末を☆